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寒ーい!! スイスの旅

2016年6月7日~14日

3年ぶりの海外旅行です

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旅行前も、旅行後もイベントがあり、ゆっくり書いていられませんので、
写真を少し掲載します
旅行記は後程・・・
元気で行き、元気に帰宅しました


モン・サン・ミッシェル&パリ

2013年9月4日~10日
以前より行きたいと思っていました、モン・サン・ミッシェルに行きました

9月4日
成田空港9:25集合
八王子から成田空港行のリムジンバスは一日5便
5:10発に乗車 ⇒ 成田空港7:10着

成田空港11:55 ⇒日本航空ですがエールフランスとの共同運行便 ⇒ パリ午後4:45着(日本時間5日の午前11:45)時差7時間
今回の機内食は、2食とも完食・・・美味しかったです
(帰国時は、フランス食の機内食かしら?全然食べられず)


5日
パリからバスで約5時間10分 ⇒ モン・サン・ミッシェルへ
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無料の専用バスに乗り換えます

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ここまで来られました・・・感激
修道院ですが、ナポレオン1世の頃は、牢獄として使われていました


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夕食は、モン・サン・ミッシェル名物のオムレツ
19世紀半ば、島にやってくる巡礼者のためにプラールおばさんが作ったのが始まり
「あわあわ」が中に入っていて、私は苦手、ゴメンナサイ


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夕食後はホテルから、気持ちが良いので、徒歩でモン・サン・ミッシェルへ
満潮時に沈み行く夕日
今は、島まで道を作ったので、いつでも行けますが、その影響で海の状態が変わり、橋を建設中
橋が出来上がったら、道路は壊すそうです


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ライトアップされたモン・サン・ミッシェル・・・午後9時頃暗くなります

6日  気温14度 肌寒い
モン・サン・ミッシェルからバスで3時間オンフルールへ

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ノルマンデー地方の港町
事前にチェックしていなかったのですが、お花いっぱいの綺麗な街


7日・・パリの町を自由行動
地下鉄は、1回乗車1.7ユーロ  カルネは10枚13ユーロで期限なし、お得です
駅・及びホーム等に駅員はおらず、入場時に切符を入れ、出る時に回収はなし
印字もされず、穴も開かないので、使用済みと未使用が分からなくなりました


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まず、ルーヴル美術館へ

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目指すは、【モナリザの微笑】
矢印が各所にあるので、分かり易い
フラシュをたかなければ写真OKなのは嬉しい
海外の美術館は、多いですね


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【モナリザ】を見るなら朝がお勧め、と9時の開館前に行き、並んで20番目に入場
お蔭で、こんなに人垣の出来る前に見られました・・・日本で見るのに比べれば余裕


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【ミロのヴィーナス】探すのに苦労しました

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古代エジプトエリア

ルーヴル美術館は、広すぎて、館内の地図を見ても、自分が何処にいるのか分からない
3時間ほど見ましたが、くたくた


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チュイルリー公園
池の周りにベンチがあり、一休み
日本にいる時は、この公園でフランスパンのランチ
なんて考えていましたが、日差しが強く、木陰がないので無理でした


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今回の旅で、絶対に行こうと思っていた【オランジュリー美術館】
ここは、残念なことに写真撮影禁止
クロード・モネの睡蓮が8枚連作で見られます
真中のソファに座り、ゆっくり鑑賞・・日本では考えられないです
モネのジベェルニーの庭園にいる気分、風・光を満喫しました


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セーヌ河沿いを歩いて【凱旋門】へ

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セーヌ河ナイトクルーズ・・・食事も、見える景色も素晴らしい

エッフェル等も、夜ライトアップされるのですが、さらに午後9時、10時、11時の各5分間のライトシャンパン
キラキラして、とても綺麗・・・写真では、分からないのが残念
11時の下船時に見られ感激


8日 今日も自由行動
地下鉄で【ノートルダム大聖堂】へ
パリに行った旅友達は、パリの地下鉄は分かり易いと言いますが、私にはサッパリ

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日曜日でミサの最中
後ろの椅子に座り、ご一緒させていただく
ここは、出入り自由
司教のお話の内容は分かりませんが、声・響き、そして讃美歌の歌声、心落ち着き透明になる感じです


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エッフル塔は、上がるのにエレベータに長~い列
歩いて登る事に
360段の階段を登った展望からの景色


9日  帰国日

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スタッド・ド・フランス
サッカーフランスおよびラグビーフランス代表のホームスタジアムであり、現在は代表戦の大半を当スタジアムで開催している


10日 成田着
私が出発した日に体操教室の友(以前、お庭を見せて頂いた)がパリから帰国
彼女は、4回目のパリなので、一人で地下鉄に乗って各所を観光
地下鉄内で、痴漢かと思い、にらんで後で見たら、バックの3ケ所全てのファスナーが全部開けられていたのですって
幸いに、被害はなかったと言っていました
私もセーヌ河で遭遇した(前記載)ことを話し、お互いの無事を喜びました

海外では、いつも緊張しているためか、最近は、帰国して量るといつも体重減

日本は、安心・安全・清潔を、またも再確認しました





驚きのフランス 2件

1.郵便 ⇒ ☆☆☆
9月5日
モン・サン・ミッチェルでポストオフィスを見つけ、切手を購入
残念ながら、住所録が手元にありません

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自分宛に投函
10日午前中に自宅に帰ったら、着いていました
9日か10日に着いたのでしょう・・・早い!!


2.スリに遭遇 ⇒ ★★★★★
今回の旅は、パリ市内はフリーです
9月7日  アルマ橋近くのセーヌ川沿いを歩いていたらスリに会いました
女性5~6人がバラバラにいて、そのうちの一人が盛んに、書類にサインを求めます
断っても、断ってもしつこくついてきます
たすき掛けにしていたバックのポッケットを書類で隠し、その下から手を入れて、ポケットを開けようとしたのです
すぐ気ついて、被害には、合いませんでしたが、旅行をしていて、初めての体験

皆様も気をつけてくださいね




中欧の旅

2013年4月2日~9日
今回は、初めてWさんと同じツアーに参加しました

2日
8:45成田空港集合です
雨の中、5:10発のリムズンバスで出発です
成田の気温10.8℃
約12時間の飛行、マイナス時間の時差で着いたウィーンは4℃


1日
通貨は、ユーロ
水道の水は、飲み水としてOKですので、湯を沸かし、お吸物を飲み、身体を温めます


3日
2日

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カーテンを開けたら、外は真っ白
ホテルで朝食後、チェコのチェスキークルムロスに向かいます
オーストリアとチェコとの国境は0℃

チェコの通貨は、コルナ  
1コルナが約4円です
チェコの面積は、北海道と同じです


3日
ヴァルタヴァ川に抱かれたチェスキークロムロフの旧市街・・レンガ造りの家々

ホットワイン
散策も楽しいけど、寒い…ホットワインが飲めたらな・・・・

マンfホール
マンホールの蓋に王家の紋章
11,000歩、歩きました


4日
3日
今日は、一日プラハの観光です

4日プラハ城
プラハ城・・・外にいるだけで寒いのに、門の兵隊さんは身動きしません
採用されるのに、スタイル・容姿も必要
カッコ良さに、一人ずつ隣りに行き「はい、パチリ」


4日聖ヴイート
聖ヴィート教会・・・前に記載しましたが、ミッシャのステンドグラスがあります

4日羊
教会の下には、イースターの飾りでしょうか?

4日カレル橋
ヴェルタヴァ川にかかるプラハ最古の石橋、カレル橋

4日カレル橋2
全長約520M、幅約10M
両側の欄干には聖人の像が30体
鍵が沢山着いたもの


4日カレル
橋の上で、絵やアクセサリーのお店・・・絵を描くのに夢中の人も

4日旧市街
旧市街広場は、人でいっぱい
木曜日で平日ですが、幼児達が舞台で合唱


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色々なお店が並んでいます
21,000歩、歩いた日でした


5日
4日
朝食後、スロバキアの首都ブラチラバに向かいます
スロバキアは、日本の約1/4の面積で、国土の殆んどが山岳地帯です
通過は、ユーロ


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徒歩で市内観光・・・ミハエル門が望めます

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市内には、色々な像が・・・
オッと、マンホールから人が・・・


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誰を狙っているの?パパラッチ


ハンガリーの首都ブタペストに向かいます
ハンガリーの通貨は、フォリント
10フォリントが4円です


夜は、ドナウ川のクルーズへ
霧雨が降っていますが、船は出ます・・良かった
友のSHさんは、昨年行った中欧の旅で『ドナウ川のナイトクルーズが一番印象に残っているわ』と言っていましたので、楽しみにしていました


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国会議事堂

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くさり橋
1時間のクルーズ・・・暖かい紅茶も美味しかった


6日
5日

ブタペストの観光です
丘陵地帯のブタ側と平坦なペスト側に分かれています
昨夜見た、くさり橋をバスで移動


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地下鉄の入口です
見落としそう


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世界遺産に指定された地下鉄で、オペラ座まで乗車

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ケーブルカーでゲートレットの丘に登ると、くさり橋が見えます

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白い石灰石でできた漁夫の砦

昼食後は、ウィーンへ
予定より早く、午後4時に着いたので、徒歩で市内観光


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ハリネズミの飾り

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市民公園のヨハンシュトラウス像

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夕食は、ウィーンの森入口の、ウィーン風居酒屋で

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日本酒と同じような、ワインの出来を表す木の飾り

7日
6日
ウィーンの一日観光

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ハプスブルグ家の夏の宮殿・・・シェーンブルン宮殿
外壁は、マリアテレジアンイエローと言われています
豪華絢爛の内部と部屋の多さ
1時間半の見学中、ため息ばかり


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ベレベデーデ宮殿・・「クリムトの接吻」は、椅子に座り鑑賞

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道路を封鎖して自転車天国
5分の差で、バスが通れず、遠回りし、そして歩くことに。。。
でも、幼い子も老人も、思い思いに楽しむ姿に接しました


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シュテファイン寺院の北の塔に、エレベータで登り、さらに階段

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年代物のエレベータで怖かった

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美術史博物館

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ハプスブルグ家の財産数々・・ラファエロ・レンブラント・ルーベンス・・・

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クリムトの天井画

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ブリューゲルのバベルの塔

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夜は、コンサートに・・・ヨハンシュトラウス・モーツアルトの曲の演奏、歌あり、バレエあり
1時間楽しみました


8日
7日
帰国日です

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こちらに来て、太陽は見ず、でも傘の出番がなったのは幸いでしたが、今日は上天気
終わり良ければ、全て良しとしましょう


4ケ国を廻るのは、移動で疲れますね
体力がないと、楽しめませんね
いつまで、旅行に行けるか、ちょと弱気になった私です⇒自分を鼓舞しましょう




ミッシャ展

2013年4月4日
プラハのミッシャ博物館に行きました

3月9日~5月19日まで、六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーにてミッシャ展が開催されています

オランダのマウリッツハイス美術館に行った時も、日本でフェルメール展が開催中で、貸出中の作品があったのです
又も、今回も・・・・


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入場料は、180コルナ⇒約900円
65才以上は、120コロナ⇒約600円
コルナには、両替せずにカード払いにしましたので引き落としは??
思ったより、こじんまりしています

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現地で、鑑賞できた事に満足です

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聖ヴィート教会に、ミュシャのステンドグラスがあります


中欧の旅

4月2日~9日まで、中欧の旅に行ってきました
詳細は、後日UPしますネ


寒いと言われ、防寒対策はばっちり、でも寒かったです
到着した2日に宿泊したウィーンのホテル
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3日の朝です

最初の日と同じホテルに6日、7日と連泊IMGP5375.jpg
帰国する8日の朝です
少し春の予感!

南イタリア、その後

旅先から絵葉書を出す私は、アルベロベッロでも書きました
切手を探し廻りましたが、土・日・月曜日だったせいか何処も在庫切れ
やっと、5軒目にありました
イタリアのホテルに頼むと着かないこともあると言われたので、ポストの場所も確認しました
残念!切手が大き過ぎて、郵便番号・住所の一部が隠れてしまいました
隠れた箇所を追記するのに、住所録が手元になく、ポストに出せません
ホテルを出発時にフロントに投函を、お願いしました
笑顔と日本のお菓子を渡して・・・・
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8日で着きました!!
信用しないといけないですね・・・ゴメンナサイ



南イタリア&アマルフイ海岸

2013年1月11日~17日

世界遺産の番組で、アルベロベッロを紹介していました
「かわいい家!是非見たい」と思ったのが、今回実現しました


11日
チューリツヒを経由してローマへ
時差8時間

南イタリア1

12日
南イタリア2

ローマからナポリへ
ソフィア・ローレンの故郷ですが、今は汚れて治安が悪いので、車窓観光のみ
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いつもは、スゴイ渋滞だそうですが、土曜日のためか、わりあいスムーズで、特別に丘の上にバスで案内してくれました

1アマルヒー
アマルフイ海岸
海沿いの狭く切り立った崖の道なので、小型バスに乗り換えます
ドライバーさんは、この場所専門でスイスイ運転しますが、片側は崖で、すれ違いも大変で、乗っていてヒヤヒヤです

2アマルヒー散策
アマルフイの町を自由散策
垂直に切り立った崖沿いに家々があるので、狭い路地に階段
ここに住んだら、足腰鍛えられそう・・・でもね、すれ違った住民は体格が良いのよ
『ブウオ ナセーラ』笑顔で声をかけてくれます

3アマル家
タイルが名産なので、家々にはかわいい飾り

4アマルクリスマス
町の模型が、町外れに造られていました

13日
南イタリア3

6マテーラ
ナポリからバスで4時間近く
マテーラに・・・迷路のような町

7マテラ室内
サッシと呼ばれる洞窟の家の室内

8食後
椿?違いますよね

9夕日
マテーラからアルベロベッロに向かう車中より

10アルベロ
私が一番楽しみにしていたアルベロベッロへ
ホテルにチェクイン後、自由散策
残念!日が暮れてしまいました

アルベロベッロは、2つの地域に分かれ、アイア・ピッコラ地区は400戸、居住地が主
モンテイ地区は、1000戸、土産物店が多いです

11最初の家
モルタルで造った最初の家

14日
南イタリア4
アルベロベッロからバスで2時間
レッチェへ

13レチェ
バロック様式の迷宮都市

12レチェ
レイチェ風バロック・・・窓を額縁のように飾ります

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ロコロトンド
ロコ=場所  トンド=丸い
丘の上の丸い町で、マーデレ教会が中心にあり、徒歩で30分もあれば町を廻れます
ここも自由散策
スペインのミハスに似ています

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2連泊のアルベロベッロへ・・今日も自由散策
残念!また!日暮れ
昨日、歩いたので様子がわかります
聖メデイス・ダミアーノ教会

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正面が、トウルロ・ソブラーノ(二階建てのトウルリ)

15室内
有料で、室内を見学させてくれます
二階建てなので、特に広々

15日

南イタリア5
アルベロベッロから510KM、ローマへ

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今日は、私の誕生日
ランチの時に、添乗員さんから戴きました

今回同じツアーで、知り合った人は、私より10歳以上年上
月1回の割合で海外旅行して、イタリアは7回目ですって!!
私も元気で海外旅行しましょう・・・彼女とは、財政が違うので年3回(希望)かな。。。。

17日陰
着きました・・・ローマ
夏、暑いので下の枝は切って、上を茂らせるそうです

16コロッセ
古代ローマを象徴するコロッセオ・・高さ57M

19パンテオン
ミケランジェロが「天使の業」と絶賛したパンテオン

18真実
サンタ・マリア・イン・コスメデイン教会の「真実の口」
映画「ローマの休日」を思い出して

20ピノキオ
ピノキオがいっぱいのお店

21トレビ
トレビの泉
あ~あ、残念!暗くなってきました
スペイン広場も見て
美味しいジェラードも食べました
ローマのホテルへ

16日~17日
南イタリア6


ローマからチューリッヒを経由して、無事成田へ
14日の積雪が残っていて、思わずマフラー・手袋を身に着けました

今回のツアーは、参加者24名
内1人参加12名、旅行の話で弾んだ日々でした

ロシアより 郵便事情

海外旅行に行くと、友と自分宛に絵葉書を出すようにしています
自分宛は、届いた時、旅先での感動がよみがえってきます
ツアーで行く事が殆んどの海外旅行では、切手、ポストがなかなか見つかりません

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ロシアでも、切手が手に入らず、サンクトペテルブルグのモスクワホテルでカクチャンがポストオフィスを見つけました
日本まで1枚あたり30ルーブル支払いました
でも、届いた絵葉書に貼ってあった切手は、22.1ルーブル
その差額7.9ルーブルは、なんだったのでしょう?
切手を貼ってくれた手数料??
でもね、届いたので、良しとしましょう

ロシアの旅

2012年10月22日~27日
旅友カクチャンから、お誘いを受け、同じツアーに参加しました

10月22日
日程1
成田では気温17度、10時間10分程で着いたモスクワはバス内8度、外は0度
ロシアでは、毎日車が増えている状態で、空港からホテルまで大渋滞
車は日本車が故障がないと人気だそうですが高い


23日
日程2
クレムリンとは城塞の意味で、中に入るのに小さなバッグのみ
セキュリテイチェックがあります


クレムリン

ウスペンスキー
16世紀に建てられたウスペンスキー寺院

鐘の大様
鐘の王様

大砲の王様
大砲の王様

聖ワシリ
内部は博物館になっている聖ワシリー寺院
日本の45倍の面積がある国は、全て大きい


グム百貨店
19世紀末に建てられたグム百貨店
値段が高いので見るだけ

両換えをする⇒成田より還元率は良いみたい
私は20ユーロ→806ルーブル両替


24日
日程3
マイナス1度のモスクワから飛行機で1時間半サンクトペテルブルグへ
ヘトログラド⇒レニングラードから名前が変わりました


エカテリーナ
エカテリーナ宮殿
エカレリナ

エカテリーナ内部
宮殿内部の玉座の間
鏡を効果的に使いキンキラ


エカテリーナドレス
エカテリーナ二世のドレス
武器庫(今は金・銀・宝石等の展示)でも女王達のドレスを見ましたが、どれもウエストが私の腿位の太さ
コルセットで締め上げていたようです
「風と共に去りぬ」でもスカーレットが言いましたが、大変な努力ですね
今の時代で良かったわ(この時代だったら、下女でドレスとは無縁の生活だったかも)


エカテリナ菩提樹
宮殿の外は、黄葉の菩提樹
ロシアで多いのは菩提樹とライラックの樹だそうです


ペレストロイカ以降男性の平均寿命は70才から58才に落ちました
女性は変わらず75才
ソ連時代は住居費もタダだったのが支払わなくてはならず、アジアからの労働者の影響で仕事も減り、給与も下がり、仕事も1つでは生活できず2~3の仕事をしていて、生活は楽ではないようです

ソ連時代に戻りたいと思う人も多いようです


25日
日程4

血の上の教会
血の上の教会

エルミタジュ
エルミタージュ美術館
元はピンクの外壁だったのを、空の色にしたそうです


エルミタジュ階段
雑誌等で良く見る階段

エルミタジュ内

エルミタジュ内部

エルミタジュ

美術館内部‥‥2時間、ガイドさんの案内で見学後は、自由
館内でランチ‥‥サラダ・サンドイッチ仕様のパン・紅茶で300ルーブル
美味しく頂き満腹

自由に鑑賞が、目・頭・足が疲れ椅子に座ってのんびり
日頃の運動不足がはっきり


青銅の騎士
サンクトぺテルブルグ歴史地区の青銅の騎士

OPを頼まなかった人はバスを下され自由にホテルに帰ることに
地下鉄2駅乗りホテルへ 27ルーブル(どこまで乗車しても同料金)
コインの入れ方も分からずオロオロ
車内は混んでいるし、4人一緒で良かった



サンテハテル
サンクトペテルブルグなのに、ホテルモスクワ
長~い建物なので、部屋まで長~い廊下を歩きます
蛇口から出るのは、茶色の水でも、
バスタブがあり、湯につかれるので嬉しい


26日~27日
日程5
モスクワは、雪が積もっていました
飛行機の翼の氷を溶かしたりして遅れての出発でしたが、無事帰国しました

私の行きたい国リストにロシアはなかったので、誘われなかったら行かなかったでしょう
今回行かなかった地域も行ってみたいと思った国でした


ウズベキスタン 追記

現地ガイドさんから、お土産に頂きました帽子
ぬいぐるみがかぶっている帽子です
女性はこの帽子
男性はターバンのような帽子でした


税関
税関申告書です 3枚もらいます
ウズベキスタンに、入国する時に2枚提出(同じ事を記載)
チェックして1枚返されます

帰国時には、入国時に返された1枚と、新たに書いた1枚の計2枚提出します
注意点は入国時に持ってきた金額より帰国時の金額が減っているか、です

私は、旅友カクチャンが送ってくれましたので、前もって記入が出来よかったです
カクチャン、ありがとうございました

中央アジア・ウズベキスタン 

2012年4月13日~20日

4月13日

日程表1日目

 京王八王子発リムジンバス5:10 → 成田空港7:05着
 成田発10:25(定刻)ウスベキスタン航空 ⇒ タシケント着15:50(時差マイナス4時間)

富士山
機内から富士山が見えました

今回ウズベキスタン行きに際して、10年程前に行った事のある、旅友Kちゃんから行った時の状況をお聞きしました
また、旅行会社の説明会にも参加しました
そして、3月にウズベキスタンに行った、旅友のカクチャンからも色々教えて頂きました
カクチャンからは、現地紙幣10,000スムも頂きました
話しの印象からすると10年前と今もあまり変っていないように思いました
ウルゲンチ(バス) → ヒヴァ


ほとんどの海外旅行がツアーに参加です
旅先で、ツアー参加者と旅行の話をすると、
『ウズベキスタンは素晴らしかった』と言う人が多いです
私も、いつか言ってみたいと思っていたのが実現しました


ウズベキスタン共和国、通称ウズベキスタンは、中央アジアに位置
1991年に独立 首都はタシュケント(タシケント)

北にカザフスタン、南にトルクメニスタンとアフガニスタン、東でタジキスタン、キルギスと接しています
国土の西部はカラカルパクスタン共和国として自治を行っており、東部のフェルガナ盆地はタジキスタン、キルギスと国境が入り組んでいます

国境を最低2回超えないと海に達することができない、いわゆる「二重内陸国」の1つです


国旗月はイスラムのシンボル 星は12州 ブルーは青空・水  白は綿花 
赤は命  緑は平和を現しているそうです


14日

日程表21
朝食前、アムール・ティムール広場を一人で散歩

緑綺麗
新緑が綺麗と旅行誌に紹介があり、この時期を選んだのですが、そよ風に木々がきらきら輝き、とても綺麗
その上、街中ゴミ一つ落ちていません

騎馬像
ティムール騎馬像が建ちます
後方に見えるのが、私達の宿泊したウズベキスタンホテル
ティムールは、14世紀後半から15世紀にかけて、中央アジアを統一しました
ウズベキスタンには3つのティムール像があります
後は立像と坐像です 後に写真で紹介します


クカルダッシュ・メドレセ
クカルダッシュ・メドレス
16世紀に建てられた神学校
罪人や不貞を犯した女性らがメドレセ(神学校)のミナレット(塔)から突き落とされたそうです
真っ青な空に、青いタイルが素晴らしい


ナヴォイ・オペラ・バレエ劇場
ナヴォイ・オペラ・バレエ劇場
第二次世界大戦でソ連の捕虜となり、タシケントに抑留されていた旧日本兵が強制労働により、建てました
1966年の震度7の地震にも、びくともせず、見事な出来栄えは日本人の優秀さと勤勉の現われといわれています


教育は、小・中・高まで義務教育で無料です

年配の方々は男女とも前歯が金歯の人が多いです
私達は、「すごい、金持ち」と思いましたが、虫歯の治療と予防だそうで、金歯が普通のようです


結婚式
ナヴォイ広場では、新郎・新婦が馬車に乗る所でした

日本人墓地
日本人墓地
ソ連の捕虜となった79名の日本人が静かに眠っています
皆様のご苦労のお陰で今日の私達がいます‥‥
感謝の気持ちを込めて、日本酒とビールを一人ひとりに少しずつ手向けてきました
カクチャンも行った時、日本酒とビールを持っていったとお聞きして、
私も持って言ったのですが、全員に行き渡りませんでした
ご免なさい


刺繍
工芸博物館の外では、美人のお嬢さんが刺繍していました
刺繍を施した、バック・クッションカバー等を販売していました


ウズベキスタンの通過はスムです 現地でドルと両替です
1ドルが1,850スム 
地下鉄に乗りましたが、どこまで乗車しても一律700スムです


タシケント(国内線)18:25 ⇒ ウルゲンチ19:50

15日
日程表3日目
朝食後、ツアーのお仲間三人でイチャン・カラを歩きました
砂漠に囲まれたヒヴァの中央が城壁で囲まれており、場内をイチャン・カラと呼びます
ホテルから数分です


タイル
建物のタイルの色・模様が素晴らしい

ヒバ市場
市場の準備をしていました

10時から、皆で旧市内を観光する時は写真代5,000スム支払いました

日中は気温28度、日曜日で人が多く、市場もすごい賑わいです
朝、静かな時に散策でき良かったですその上、写真代も払わずに。。。

中・高生・若者達が『一緒に写真を撮りましょう』とツアーのおじさんもおばさんもモテモテ!!
どこに行っても、友好的


塔
5,000スム支払い真ん中のミナレット(塔)に昇ります
塔の内部は、狭く急な階段を懐中電灯で照らしながら昇ります
途中で昇った事に後悔しましたが、上からの眺めは最高でした


塔から
塔から360度見渡せます
上に見えるブルーの塔は、未完成のミナレット
1852年に着工しましたが、建設を命じたチンギス・ハーンの戦死により高さ26mで中断


人形
イチャン・カラであやつり人形を売る少年

タシュ・ハウリ宮殿
タシュ・ハウリ宮殿内では、結婚式

一日、徒歩でイチャン・カラの観光(10:00~17:15) → ウルゲンチ(国内線)21:00⇒ ブハラ22:00



16日
日程表4日目

イスマイール・サマニ廟
イスマイール・サーマニ廟
日干しレンガを色々組み合わせて、とても美しい模様の外壁


金細工
鮮やかな手つきで皿に金細工を施していきます

ウルクベク・メドレス
ウズクベク・メドレス
メドレスとは、神学校の事です
どこも青いタイルが綺麗で、だんだん分からなくなってきました
名が間違っていたら、教えて下さい


チャル・ミナル
チャル・ミナル
4本の青いミナレットが美しい

ウズべキスタンは朝夕寒く、日中も東京と同じ位と言われてきましたが、連日28度超 だんだん疲れが‥‥
今日は、15:30~17:30までホテルに戻り休憩
シャワーを浴びてベランダでくつろぎ、元気を取り戻しました


ファッションショー
18:00~19:30までブハラ民族舞踊ショーとファッションを見ながら野外で夕食
男性陣は、大喜びでした
女性陣は、美しさとスタイルにタメ息



17日
日程表5日目

ブハラ → シャフリサーブス(ティムールの生まれ故郷)
1椅子
ブハラからシャフリサーブスにいく途中で立ち寄った街で、くつろぐ人達
このような椅子に座って、食事したり、おしゃべりしたりしている様子を良く見ました
私達も、18日夜ホテルの中庭でこの椅子に座り、星を見ながらおしゃべりしました
すごく幸せなひと時でした
こんな椅子が我が家にも欲しい~


2ティムール
ティムール立像
シャフリサーブスは緑の町といわれています
ティムール像の後方に見えるのは、ティムールが建てた夏の宮殿
アク・サライ宮殿‥‥今は真ん中が崩れ落ちてありません


3刺繍や
この婦人が刺繍した品々を売っています
各地で編み物しながら売っている婦人を見かけました
暑い日々でしたので、毛糸製品には興味を持たなかったのですが、色鮮やかで細かいです


4お祈りの時間
イスラム教の一日五回のお祈りの時間が表示されていました

5ドルサオダット
ドルティロヴァウト建築群
どこも、ウズべキスタンブルーが綺麗

建物により、カメラ代3,000~4,000スム必要です
トイレチップは300~500スムです


シャフリサーブス → サマルカンド
予定より早くホテルに着いたと、ホテルに入ると???
ホテル
様子がおかしい  照明は消え、誰もいない
添乗員さんも現地ガイドさんもポカーン
昨日、水道が壊れ、宿泊客は急遽他のホテルに代わったそうです
暗く誰も居ないホテルの不気味なこと。。。
郊外の昨年できたホテルへ


18日
日程表6日目
サマルカンド‥‥青空にブルーのドームが映える「青の都」
地上で最も美しい都市と称えられ、シルクロードの中心地として栄ました


1アル・プハリ建築群

3グル・エミル廟

2ビビハニムモスク

サマルカンドブルーの素晴らしい建物が沢山
旅友のKちゃんもカクチャンもいつも写真は撮らないので、
スムが無くなったのもあり、しばらく撮らずに目に焼き付けました


4レギスタン広場
レギスタン広場
コの字形に3つの巨大なメドレスが建ちます

5ティラカリ・メドレセ
真ん中のティラカリ・メドレセの内部です
ティラカリとは金箔されたという意味です


6シェルドル・メドレセ
右側のシェルドル・メドレセ
1636年に建てられました
上部に小鹿を追うライオンと、それを眺める王が描かれています


7ティムール坐像
3つ目のティムール坐像

ナン
食事にいつも出るナンです
インドのナンと違い、重くどっしりしています
釜につけて焼くのは同じです


市場
街中どこもゴミみなく綺麗ですが、バザールでも品々を綺麗に並べて売っています

19日
日程表

出発まで時間があるので、イチャン・カラを朝一緒に歩いたYSさんと散歩に出かけました
ホテルが変わったのに、私はホテル名も住所も聞かずに出かけてしまいました


坐像
昨日見たティムール像の後方

『ホテルに帰ったらシャワーを浴びましょう』なんて、余裕があったのに
ホテルが分からなくなってしまいました
もう、ホテルを出発する時間の10分前です 
慌てていると、警官のような制服を着た人が
走りよってホテルを聞くと

『ジャポンか?』と聞かれ、そうだと言うと『日本人が居る』という
な!な!なんと隣に日本人
彼が現地の人の車でホテルまで送ってくれました
すごくラッキーでした
バスの出発時間に間に合いました
YSさん、ごめんなさい
私が現地の人に道を聞いたから、余計にウロウロすることになりました
後で聞いたのです、ウズベキスタンの人は優しいので、聞かれたら何か答えなくては
と思い間違ったことでも答えるそうです


その日本人の方は建築関係の仕事で、1年前から、こちらで仕事しているそうです

サマルカンド ~ タシケント(列車で4時間40分の旅です)
列車
列車内
広い座席は、リクライニングでき2人ずつ、テーブルにはテーブルクロス
テレビでは、繰り返し歌番組を放映していました


タシケント
タシケント駅

タシケント ⇒ 成田空港 13度 寒~い   無事、帰国しました
『ホテルは眠るだけ、と思ってください』と、再三言われましたが、
お湯も出る、バスタブもある、綺麗で広々、満足でした

青空トイレもある、と覚悟していましたが、一度もなし

日数分のペットボトルを頂き、食事にはミネラルウォーターが付き
食後にはグリーンティも出るし、年中熱いお茶を飲む私は満足

人と会ったら、ニコッとして「アッサローム アライクム」(こんにちは)
「ラフマト」(ありがとう)
これで皆、仲良し

私も言います「ウズベキスタンは素晴らしいので是非行ってください」とネ






ルーマニア・ブルガリア

2011年11月20日~25日
旅友のカクチャンとツアーに参加しました
成田出発時は気温16.7度
モスクワは、マイナス3度
ブカレストは、マイナス5度
出発前に添乗員さんから、「寒いです」との連絡で防寒対策はバッチリ

スノーブーツも出発の前々日に慌てて購入したのです

ツアー参加の方が、私の日程表を見て
「紀行文にまとめたら」との助言

ちょっと記録を作ろうかな、と思っています



カタログ

モスクワとブカレスト着陸時に乗客から拍手
なぜ?
事故が多いので無事に着いたという拍手か?
そういえば、飛行機内の上部の部品がユラユラ。。何時落ちるか心配でした
成田離陸時は、激しい揺れ、今まで、こんなに揺れたのは初めて
  何事もなく良かったわ

2日目

ペリショール城
カルロ1世が甥のペリショールとその妻マリーのために建てたペリショール城

霧氷
シナイアからブランに行く途中は霧氷で草木が真っ白
初めて見ました‥‥幻想的


ブラン城
吸血鬼ドラキュラの舞台となったブラン城
城への出入り口はドラキュラ関連のお土産が一杯

3日目
凱旋門
凱旋門‥‥ルーマニアの独立に手を差し伸べてくれたフランスに感謝して建てました

生誕教会
霧氷に覆われた生誕教会‥外から見ると小さな教会ですが、内部は広いです
内部は写真撮影禁止、数多くのイコン


ヴエリコ・タルノポ
ブルガリア帝国時代の首都でしたヴュリコ・タルノポ

4日目

IMGP2621.jpg
リラの僧院‥‥スペインのメスキータに似た感じ

聖ソフィア教会
町の名もこの教会から名づけられた聖ソフィア教会

古代ローマ遺跡
聖ゲオルギ教会の隣にある古代ローマ遺跡

大統領府
大統領府では、守衛が‥1時間毎に交代の儀式

ホテル
ブルガリアのホテルには、クリスマスの飾り

5日目
今回のツアーは、参加者23名、皆さん旅慣れた方々
時間前には、全員集合
和気藹々として旅が終了しました
皆様、ありがとうございます

ヨハネス・フェルメール

2011年7月13日
オランダのハーグにある「マウリッツハウス美術館」にツアーで行きました

美術館
17世紀建造の建物をギャラりーとし、個室に展示された作品をソファに座ってゆっくりと鑑賞できます
真珠
今回楽しみにしていたのは、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」

デルフト
同じくフェルメールの「デルフトの眺望」
2作品、ゆっくり鑑賞でき満足です


17日、フランクフルトでの自由行動の日に「シュテーデル美術館」にカクチャンの案内で行きました。
ここには、フェルメールの「地理学者」の絵画が展示されているのですが、日本に貸し出し中でした‥‥残念

オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ・ドイツの旅

2011年7月11日~18日
今年1月のバルト三国の旅で知り合ったカクチャンと同じツアーに参加しました

冊子7・11

成田空港より12時間少々、マイナス7時間でフランクフルトに着きました。
成田では31度、フランクフルトは午後5時過ぎで24度

冊子12

真っ青な空、気温17度
12ケルン大聖堂
ケルン大聖堂‥‥ライン地方では最大の大聖堂。フランスのアミアン大聖堂を手本にしている
気温30度、暑くなってきました


12ケルンの水
オーデコロンとは「ケルンの水」と言う意味、オーデコロン発祥の地

冊子13

雨で気温13度
出発直前の旅行会社の案内で日本と同じように暑いと言われ、夏服ばかり持ってきたので、寒い。
参加者、皆同じ状態で重ね着して寒さを防ぐ


13オランダ

アムステルダム運河クルーズ‥‥乗船時、予約の行き違いで雨の中30分程待たされ、乗船したら途中で船が動かなくなりハラハラのクルーズ。
 オランダは地盤が軟らかいので傾いた家々、お互いにくっついて建てて支えあっています

 オランダは平らな国なので、自転車の保有が一人一台。自転車路が整備され、信号も歩行者・自転車・車の三段階。
 自転車が一番優先されているようで、凄いスピードで走り、自転車路にはみ出さないように歩かないと、スピードをゆるめてくれないので怖い
 車は止まってくれても自転車は絶対に止まってくれない


13ハーグ
ハーグには700を超す公園があり、どこも綺麗
オランダは、運河の国、特に柵もありません。子供が溺れたら親の責任なので、小さい頃から水泳の練習をさせています


冊子14
今日も雨で13度

14風車
世界遺産になっている風車群

キルデルダイクには19基の風車が保存
雨の上に平らな地なので風が強い。
傘の骨を折られる人続出、私もその一人。中には傘を運河に飛ばされた人も


14ルーベン
ルーべンの市庁舎

ルーベンは学生の街でおしゃれな店が多い

冊子15
今日は晴れ。朝は13度の気温が日中は19度。観光日和

15ブルージュ
17世紀の町並みのブルージュ
運河の街をゆっくりと散策。時間もゆっくりと流れ、中世にタイムスリップしたよう
15ブルージュ馬車
結婚式に向うのか?終わったのか?馬車には新郎新婦と可愛い子ども達

ベルギーは、生活水準が高い。税金も高く、独身サラリーマンの場合は所得の半分が税金に持っていかれるそうです。消費税も21%


冊子16
朝バスで出発して30分走ったら、バスから異常音
バス故障
高速道路の途中でストップ
日本のように高架壁があるわけでないので、下車して下の道へ
ドライバーは整備はせずに整備士がするので、日本のJAFに当たる所に連絡する。
他のバスに変えるにも33名乗りのバスはなく、土曜日で会社等は全て休みで連絡がとれず、整備士が来て直るのを待つのみ
このバスはドイツ、フランクフルトからオランダ・ベルギーそしてルクセンブルグに向う途中、どこの国から来るのか?
4時間程待ったので、アンデンヌ地方の観光と昼食なし。

ルクセンブルグへ

16ルクセンブルグ
ベルギー・フランス・ドイツと国境を接した世界遺産のルクセンブルグ
ルクセンブルグは断崖絶壁の上にあるので、自然の要塞になっている国
ルクセンブルグの面積:2,586平方キロメートル(八王子市:186平方キロメートル)
人口:約50万人(八王子市:約55万人)
16大公宮殿
大公宮殿の兵隊‥‥英国と同じ立憲君主国だが、元首は国王でなく大公と呼ばれる

冊子17
フランクフルトに戻る
曇り時々雨
本日17日午後8時45分よりワールドカップで、なでしこジャパンとアメリカの戦い
17ルクセンブルグ
レーマー広場には、日本とアメリカの国旗
日本人のサポーターも沢山来ている

帰国の便に機上した時に、キックオフ
途中、機長が結果報告0対0
終了の結果報告で、「今、終了しました。一呼吸おかないと話せません」間があり
「2対2でPK戦になり、日本優勝しました」
機内、拍手と歓声バンザーイ

こうして、船とバスのトラブルはありましたが、8日間の旅も無事おわり帰宅しました。
ツアーの参加者で海外旅行2回目で、2回ともバスのトラブルがあったと言う人がいたので、彼女とは、同じツアーに参加しないようにしよう、と密かに思いました。









ベトナムの旅

2011年6月9日~12日
旅友のKちゃんと「ハロン湾とハノイの旅」に行ってきました。
プリンスエドワード島の旅で知り合い、一緒に行く10回目の旅となりました


9日
いつも成田空港まで、リムジンバスで行くのですが、今回は2泊4日の旅で、
荷物が少ないので、初めての電車


京王八王子 → 調布 → 本八幡 → 京成八幡 → 成田空港
成田空港(17:55)19度 → ハノイ(21:40)31度



10日

バッチャン村
バッチャン村‥‥ハノイ中心部から約10Kに位置するこの村は、90%の村人が陶器作りに携わっています

午後からハロン湾に行く予定でしたが、朝ハロン湾では大雨が降り船の出港禁止で、明日の予定のハノイ見学をする
ハノイは気温30度の上に湿度が高く、動かずとも汗がジトー。。。



一柱寺
一柱寺‥‥1049年李王朝時代に建てられたお寺。蓮の花をイメージして一本の柱の上に仏堂が載っている

11日 
今日は天気でクルーズOK
ハロン
ハロン湾クルーズ 8:45~12:10
途中下船してティエンクン洞の見学
昨日雨でクルーズが中止だった影響と今日は土曜日で大混雑。
広大な内部も人、人で蒸しムシ
ハロン湾
新鮮な魚介類の美味しい昼食を船内でとっていると、真っ黒な雲と共に大雨、、、、すぐに上がります

家
ベトナムの家は、間口が4~5M、奥行きは15Mほど、なぜ?
聞き漏らしました


バナナ配布
ハノイに移動中のバス車内で、特産のモンキーバナナを現地ガイドのタンさんが皆に配ってくれました。
とても美味しい、これで3ドルですって!!安いね。
上部がもげているのは配ったあと


ハノイ大教会
ハノイ大教会‥‥1886年に建立

一人一台所有のオートバイ。歩道にもオートバイがあふれ、道路を横断するのも大変。
止まるのを待っていたら横断できないので、ゆっくり堂々と渡る、
これが事故にならない渡り方

夜は1000年続く庶民の伝統芸能の水上人形劇の見学

ハノイ23:30 → 

12日 
 6:30成田空港着

スペインの旅

2011年5月15日~23日

急に旅友のKちゃんのお誘いで同じツアーに参加しました。
スペイン1

通常より安いツアーの訳は、ツアーバッチなし、日程表の枚数削減、添乗員の事前電話なし、ポーターなし、そして一番は石油の国ドーハ経由かしら?
燃油サーチャージが高いので、それが無いのが主な要因でしょうか?
成田より移動に、待ち時間込みで24時間かかりました。
でも、ホテルも清潔で良かったですし、行程も良かったと思います。
参加者もね


スペイン2

17スペイン広場スペイン広場
スペインの一般的昼食は午後2時から、夕食は午後8時から、日没は午後10時頃です。
最終日まで、この時間帯にはなじめず。

マドリードは、標高650M、60%が緑です。
今まさに、木々の緑とポピー、バラ他の花々の美しさ

今回の現地ガイドさんは、日本人が多かったです。
旅友のFチャンも、スペイン、ビルバオに住みたいと言っています。
日本人に合っているのでしょうか?
ブラド美術館を案内してくれたのも日本人女性でした。
時間が限られていますので、エル・グレゴ、ヴェラスケス、ゴヤの絵を案内、説明してくれました。
  宗教画は五色で意味が現されているそうです
     黄‥金色‥神の色
     白 ‥‥ 聖霊
     赤 ‥‥ イエスキリストの血、犠牲
     緑 ‥‥ 希望
     青 ‥‥ 純潔


17王宮王宮
偶然にもナイジェリア大使が訪問していたようで馬車、騎兵隊等の行進を見学    

17アルカサスシンデレラアルカサル
ゼコビアのアルカサルは、デイズニーランド「白雪姫」のモデルになった城


スペイン3
18トレド市内トレド全景
トレドには75の教会があります。
農業(ワイン、オリーブ)刃物産業


糸杉は、細くて高いので、天に続くと考えられ教会に植えられています

18ラマンチャラマンチャ
ラマンチャ地方は、陽射しと風が強い為、家々は二重扉、外カーテン、二階の窓は全てシャッターが下ろされています


スペイン4

19コルト゜パ メスキータメスキータ
メスキータとは「ひざまずく人」の意味。モスクです

856.jpg
内部には、856本もの柱

19花の小路ユダヤ人街
現在はユダヤ人は住んでおらず、路地に白壁の建物、ゼラニウムの植木鉢が飾られ「花の小径」
一階は、お土産物店になっています


19白い街ミハス白い街ミハス
白い石灰の壁は、夏の暑い日ざしをさえぎる為で、窓はシャッターを閉めています。壁は年2回塗り替えるそうです。

19洞窟フラメンコフラメンコ
夜は洞窟でのフラメンコを見学、すぐ近くで踊るので迫力満点
フラメンコと言うと、カスタネットを持って、と思っていましたが、指先の動きで何か現しているようでした


スペイン5

20アルハンブル宮殿
アルハンブル宮殿

アルハンブルとは、赤い城の意味
王様は馬で移動したそうですが、歩いて移動、ひろ~い。


20ヘネラリーフェ庭園
ヘネラリーフェ庭園
スズカケ、マロニエ、オレンジ、アカンサス、ザクロ、バラ他の木々や花々がとても綺麗

スペインで一番安い食事は、コーラと肉とメロンの食事です。
メロンは肉体労働者の食べ物だそうです。


スペイン6

21サグラダファミリア
サグラダ・ファミリア

1883年にガウディが設計を手がけてから今も建設中

21グエル公園
グエル公園

ガウディが設計した広場、集会場、大規模な集合住宅でしたが、ガウディとグエル伯爵のみの住宅購入だったそうです

スペイン7

ノコギリ
モンセラとは、ノコギリ歯の山脈
遠くからみるとノコギリのようにギザギザです

22モンセラ修道院
モンセラ修道院

近くで見ると岩は丸みを帯びています
修道院では自給自足で生活しています


22修道院ノステンドグラス
修道院の中央に安置されている「黒いマリア」の右手に持っている球体を一人ずつ触らせていただくため一列になって進みます。その途中に数種のステンドグラスが飾られていて、装飾の見事なこと

スペインに行くまでは、石の建物、荒涼とした大地を想像していましたが、緑が多く、どこまでも続く平原には、ポピー、バラ、青い花群、黄色の花群とても綺麗でした

バルセロナ → ドーハ → 関西国際空港 → 成田
成田空港に降りると張り紙が。。。
ドーハで数名のスーツケースを積み残し、私もその中に。
翌日の同じドーハからの便に乗せてくれるそうで、届くのは、25日
遅れると困る人もいましたが、いつもスーツケースを持って帰る私は、
遅れても自宅まで送ってもらえるのは雨の中助かったかな?



南西フランス

2011年3月31日~4月8日【フランスの最も美しい村】
大震災で被災した人達の事を考えますと、色々迷いましたが、
旅友のKちゃんと、昨年11月に同じツアーに参加を計画したのと、行ける時に行こうと思い決行。
当初25名参加の予定が14名での出発となりました。
(1組ご夫婦で、後は一人参加の一人部屋、皆さん旅慣れた方ばかり)


冊子1

31日
エールフランスでパリ経由ボルドーの予定が、仁川を乗り継いで行く事になり、出発が早まりました。
5:10始発のリムジンバスにて成田空港へ
仁川空港では、乗務員の交代、機内食の搬入で1時間半程の機内待機。
多分、原発の事故で日本から直接フランスに乗り入れたくなかったのでしょうか?
待機中、機内を消毒(人体には害はないと。。。)
パリからは、日本人観光客とは会いませんでした


1日
サンタンドレ教会 ボルドー1
ボルドー、サン・タンドレ教会

ボルドー市内1
ボルドー市内

サンテミリオンブドウ1
サンテミリオンのぶどう畑、ぶどう畑も世界遺産に登録されています
まだ時期が早いので、木のみ
ボルドー、サンテミリオン、カオール等、今回の旅ではワインの産地が多く試飲もできましたが、酒類の全くダメな私には残念!


冊子2

2日
ドルドーニュ湖畔の村2
中世時代の都市 ラ・ロック・ガジャック
渓谷クルーズにて


3日 
雨でしたが、観光時には、雨があがっていました
赤い村コロンジュラルージュ3
赤い村、コロンジュ・ラ・ジュール
雨上がりで赤い砂岩でできた建物の深いバラ色が際立って綺麗でした
【フランスの最も美しい村】は、1982年コロンジュ・ラ・ジュールの村長の呼びかけで、村落の活性化と保全を目的として設立されました。
この称号を得るには、非常に厳しい選定基準を満たす必要があります。
人口が二千人以下。村の外観に調和がとれている。2ケ所以上の保全遺産か遺跡があり、その保全の為の政策を行っている


今回の旅行は【フランスの最も美しい村】中心でしたので、どこもお花がいっぱい、ひっそりとしておとぎの国のようです

カレナック3
ひっそりとした村カレナックをゆっくり散策
さくらんぼ・プラム・タンポポ・カモミール他に名も知らない花々がとてもキレイ


冊子3

4日
ロカマドールの朝もや4
朝もやの中のロカマドール とても幻想的

フォアグラ料理が名産ですが、肉類がダメな私には、これも残念!

5日
サンシルラポピー5
おとぎ話の村に来たようなサン・シルラ・ポピー

コルドシェルシェル5
プチトレインに乗車して天空の街コルド・シュル・シェルへ

冊子3 001

6日
カルカソンヌ6

カルカソンヌ61

カルカッソンヌ
「カルカッソンヌを見ずして死ぬな」と言われているそうです。
ヨーロッパ最大の城塞都市「シテ」を中心とした町。
中世にタイムとリップしたようです


フランスの最も美しい村、世界遺産、ル・ピュイを出発地とするスペインのサンチアーゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の経由地が主でしたので、ゆったりとした旅となりました。
また、朝が明けるのが午前8時半頃、暗くなるのが午後8時45分頃でしたので、食事もゆっくりでした。

バルト三国 追記

リトアニア・ラトビア・エストニアの旅のその後です。
教会

前回、リトアニアの首都ヴィニュスには、250もの教会があり何故??
と書きましたら、今回、旅友(私が勝手に決めている)になった
かくさんが調べてメールしてくれました。
それを書きますね。


『本を読みましたら、やはり系列によって分かれているようです。
系列と言っても、リトアニア系とか、ポーランド系とか、
ほとんど民族によってわかれているようです。
同じローマカソリックなのにどうして?
と我々は思いますけど、
それは、民族問題に鈍い日本人の感性なんでしょうね』


疑問を残したままにしてしまう私には、得がたい友です。
ありがとうございます


杉原千畝氏
ユダヤ人へのビザ発給により約6千人もの尊い命をナチス・ドイツの迫害 から救った杉原千畝氏の住んでいた旧日本領事館が、リトアニアのカウナスに、当時のまま保存されています。
日本の外務省の命令に背いてまでも、ご自身の命も危うい中、人命のためにビザを書き続けたのです。
1947年に帰国したのですが、外務省の命令に背いたことにより解雇されました。
1986年にイスラエル大使より「諸国民の中の正義の人賞」贈られたのです。
ポーランドのアウシャビッツにも以前行きましたが、悲惨な時代でした。
今の平和が続くことを祈るのみです。


雪道
朝は9時頃明るくなり、夕は4時頃から暮れていきます。
その分ホテルでゆっくり出来ます。
いつも旅行をすると絵葉書を書くのですが、切手が手に入らない。
かくちゃんと雪降る夕暮れの町を切手を求めて歩きました。
シリア・ヨルダンの旅で知り合った旅友(私が勝手に思い込んでいる)きょうちゃんに絵葉書をだしましたら、
きょうちゃんのブログに絵葉書が届いて嬉しかった事が書いてありました。
また他の旅で知り合った旅友からも嬉しいかったとメールが届きました。
私も嬉しいです。
みなさん、またご一緒に旅しましょうね。



バルト三国

2011年1月25日~31日
リトアニア・ラトビア・エストニアの旅に行きました
今回のツアーは一人参加者が多く、同じく一人参加のカクさん・Hさん・Tさんと知り合い楽しく旅ができました。
お世話になりました。ありがとうございます。
以前、同じツアーに参加して偶然にも今回もご一緒の方々も数組いました。
そう言う私も、シリア・ヨルダンで同じツアーだった方と再会。
ヨルダンでの思い出に話が弾みました、特にハプニングにね
「旅の恥は掻き捨てて」なんて出来ませんね。

バルト25日
ロシア
機内より‥‥成田空港よりヘルシンキ目指して


バルト26日
来る前の情報では、気温がマイナス12~15度と云うことでしたが、マイナス4度位。重装備で来たので暖かく感じますトラカイ城
湖が凍り全て真っ白の中のトラカイ城


リトアニア・ラトビアの入国には、海外旅行障害保険の加入が義務付けられ、入国の際には、リトアニア語・英語・仏語いずれかの保険加入証明がないと入国できないといわれ急遽加入したのですが、特に提示しませんでした。

アンナ教会
ナポレオンが持ち帰りたかったと言う素晴しいアンナ教会
リトアニアの首都ヴィリニュスには教会が250もあるそうです。何故???



バルト27日
市庁舎
綺麗な国リトアニアのカウナス市内

十字架の丘
雪に覆われた十字架の丘‥‥張りつめた冷たい空気の中に静かにたたずんでいる無数の十字架


バルト28日
リガの町
ドイツの影響を受けたバルト三国最大の規模を誇るラトビアの首都リガの町
夕日
ラトビアからバスでずっーと続く雪の草原を走りエストニアに向う途中に夕日が~


バルト29日
雪のタリン
凍ったバルト海を望む城壁の都市エストニアの首都タリン
エストニアは今年の1月1日よりユーロが使えるようになり、買い物もしやすい
リトアニアはリタス
ラトビアはラッツ

バルト30日
バルト海凍る

機中より‥‥凍ったバルト海を見ながらフィンランドのヘルシンキへ
さらに10時間近くかかり成田空港に


31日に帰国しましたら、27日朝出発の時にリトアニア、ヴィリニュスのホテルに投函を頼んだ絵葉書が届いていました。
ペトラ遺跡では115日かかって届いたので、こんなに早く届き感動!!感謝します


バルト三国は旧ソ連から独立して20年程。三国とも2004年5月1日にEUに加盟しました。
歴史を振り返ると各国の支配下に置かれたりしたバルト三国でしたが、この綺麗な国に観光に来られた平和に感謝します

カリブ海クルーズ

2010年10月24日~31日
あったか常夏の楽園 カリブ海クルーズ8日間


6月に行きましたシリア・ヨルダンの旅でちょっと体力に自信をなくしていましたが、今回は楽・楽、元気です。
帰国翌日も楽しく活動


10月24日
  成田(16:10)→ヒューストン(約12時間)→オーランド(約2時間半)→ホテル着(24日22:00)
建物ユーモア
オーランド、ホテル前の建物

アメリカには、乗り継ぎで空港内の移動だけでしたので、始めて降り立ったアメリカのユーモアな建物には驚きです(写真でわかるでしょうか?逆さまの外見です)

25日

ホテル(10:30)→ポートカナベラル港「モナーク・オブ・ザ・シーズ」へ乗船

出港(16:30)

 船ジャグジー
総トン数:73,941トン、乗客定員:2384名、乗組員数:858名
初めてのクルーズでは、この位の大きさの船、日程が丁度良いそうです。
それでも船内全ての場所を利用できませんでした


船内では、食事はいつでも自由
生演奏を聴きながらジャグジーに入り、日焼けを気にしながらプールで泳ぎ、夜は各種ショーを見て、気分はお姫様

プールサイドでは、男性のお腹自慢コンテスト等々、楽しみ方を知っている‥‥外国人
真面目な日本人を実感。。。


26日
バハマ諸島の首都ナッソーに入港
ナッソー
世界一美しいと言われている島、フラミンゴにあやかりピンクの建物が多い
島内散策後、船へ

タオル
部屋は一日二度掃除をしてくれて、タオルでこんな動物も飾ってくれます
乗員は7ヶ月休みがなく、一日中いつ休むのかと思うほど、よく働いています。
国籍も色々、そして明るいね


彼らには固定給がなく、乗客のチップを乗客の評価でランクづけされた担当分野毎に分配するのが、収入になるのだそうです


27日

専用小型ボートにてココケイ上陸

海辺
遠くに見えるのが私達が乗ってきた船

船会社が所有する島で、船が着いた時だけ人が来るので、すごーく綺麗
日本では何十年も海水浴をした事がありませんでしたが、外国人はビック体型なので堂々と水着で泳ぎ、海辺で風に吹かれて昼寝


ビーチで遊んだ後は船へ


絽の着物
盛装
ディナータイムのドレスコートは、カジュアル3回、フォーマル1回でした。
皆さん、ドレスアップ。
日本人乗客は私達のツアー参加者36名だけでした。和服を着ていたのは私一人でしたので、ちょっと目立ちましたネ。
日本の方々からも『上手に着ていますね』と誉められ嬉しい!!
外国の方々からは『#$%& Beautiful #$%&』と言われても『Thank you』としか言えぬ自分が情けない
帰ったら、英会語を勉強スルゾー!!



29日

 ポートカナベラル港に入港→オーランド→ケネディー宇宙センター
ナサ

スペースシャトル組立工場
敷地の大部分は安全・環境保全のために立ち入り禁止となっているため、周辺は大型猛禽類やワニの生息する野生動物の自然保護区にもなっていて、インディアン川にはマナティが泳いでいました

30日
 オーランド(8:00発)→ニューヨーク(約2時間30分)→成田(約14時間)

31日
 成田空港(14:10着)

消費大国アメリカを見た思いでした。
どこに行っても、ビックサイズの人ばかり
彼女たちのももが私達の胴と同じ位
クルージングでは、車椅子の参加者が多く、太りすぎで体重が支えられず歩けないのか?
車椅子で、どこへでも行ける社会なのか?

船内の食事もサラダだけでお腹一杯になり、主菜が食べられないので頼まないと『これはベリタリアン用の食事ですから』と持ってきてくださる。その量の多さにはビックリ、1/4で良い量
デザートのアイスクリームやケーキの大きさにもビックリ!!
残った食物はゴミとなるのか‥‥





行ってきま~す

いよいよ、カリブ海クルーズに行ってきます。
10月24日~31日です
ツアーに申し込みしたのが、5月でしたので、もう出発かー、と言う思いです


船
帰国時は、飛行時間が約16時間30分、時差が14時間遅れ
11月1日は午前中ヨガ教室、午後篠笛の練習日  ちょっと不安

遊んでくるのだから、気合ダー、気合だー、きあいだ

シリア・ヨルダンの旅 後日談

旅行に行くと必ず友達と自分宛に現地の絵葉書を出します。
今回もヨルダンで現地の切手を貼り7枚出しました。
ホテルのフロントに投函をお願いしたのが間違いでした。
6月21日の朝出発の時にお願いしましたが、1ヶ月以上経っても届きません。
ペトラ遺跡見学でとても、とても疲れて帰ってきたのに、夜一生懸命書きました。
残念、すごく、、スゴク、、凄く、、残念。
過去にも中国で2回届かず、でも他の国では大丈夫でした。
今後はやはり自分でポストに投函ね。‥‥教訓 
             2010年7月24日

シリア・ヨルダン歴史紀行

2010年6月18日~25日
遺跡に興味があり、ペトラ遺跡、パルミラ遺跡に惹かれ一度行きたいと思っていたのが実現。
行きたいと思っていた所は行ったので海外旅行は最後かな?と思っていました。
同じツアーでお話した人たちから「ウズベキスタンは、是非行きなさい」「イランもいいわよ」との声。
実は、イランには参加の予定で申し込みをしたのですが、
周囲の『大丈夫なの?』との声にキャンセルしたのでした。
次は、ウズベキスタン、イラン。。。またまた節約生活が続く。。。。

日程表1・2
カリファスダジアム乗継時間を利用してドーハ観光、カリファスタジアム。2006年のアジア大会会場、台座の本になっているのはコーラン
スイカシリア・ヨルダンともに毎食スイカ・メロンが出て、これが凄く美味しい。食事はほとんどバイキング形式でしたので、毎食スイカ・メロンを食べ続けていました。

日程表3.4
ペトラ遺跡そびえ立つ岩、岩の道を歩く。馬車もロバもラクダも交通手段はあるが、私は全工程を歩き、辛かった・・・
宝仏殿突然に視界が広がり現れたのは、エル・カズネ、感動しました。とうとう、ここまで来ることができました

エドディルへの道ここから、更に日陰のない900段のこのような岩階段の道を登って行く。私は途中、3回程気を失いかけ倒れこみ、一人とぼとぼと歩を進めていく。。。辛かった・・・長年ウォーキングには、いつも履いていた靴が悲鳴。私の足の変わりに犠牲になったのね。とうとうこの旅でお別れしました
エドディルそして現れたのが、エドディル(修道院)を見下ろせる場所に着いた時は、一人。疲れきり、昼食に残したオレンジを一人ほおばり・・・そして少し元気を取り戻す。まだ後から登って来る人もいて、安心
夜景ご褒美にホテルの屋上のレストランで沈む夕日を眺めながらの夕食。午後8時過ぎないと暗くならず。朝はアザーン(礼拝の呼びかけ)に3時45分頃には起こされる。寝不足気味の日々
死海マイナス430Mの死海での浮遊。なにもしなくても肩から上と手足が浮いてしまいます。紫外線が届かないので、焼けないと言われているが、陽射しが強く砂もアチチ、顔もジリジリ。今思うともっと入っていれば良かったと。。皮膚病等に良いといわれているので、お肌がピカピカになったかも

日程表5.6
パルミラ遺跡シリア、パルミラ遺跡‥ヨルダンのペトラ遺跡と違い高低差がないので楽だが、照りつける日差しに日陰がなく、風に舞う小さな砂塵、でも見ごたえは十分
円形劇場ローマ時代の円形野外劇場‥5000人収容。現在も使われている。最初着いたのは最上段。集合は一番下と言う。高所恐怖症の私は、手足を目一杯使い、やっとの思いで下まで。。辛い日々・・・
クリック・デ・シュバリエ十字軍の要塞クラック・デ・シュバリエ‥陽射しと風が強いので私はこんな怪しい格好。日々こんな服装でした

日程表7.8
アイスダマスカス市内観光‥暑いのでアイスが美味しい。1ドルで大きい
帰国時、ドーハの空港で6時間程待っている時に、冷房の効きすぎに体調を崩し、機内では下痢に悩まされ、帰国後3日間で3キロの体重減。元気になれば体重はすぐに戻るでしょう。‥‥
はい、戻りました



モロッコの旅

モロッコの旅
 エジプト旅行で知り合った友達と3人で同じツアーに参加。5年半ぶりの再会、同窓会のような楽しい旅になりました。公用語は、アラビア語。フランス語も通用する。どちらも話せない私は、笑顔をふりまくだけ。      
2010年1月18日(月)~25日(月)

モロッコ1.21月18日 成田空港→パリ→カサブランカ  
  成田の気温3.9度 パリ4度 カサブランカも変わらず寒い 
19日 カサブランカ→メクネス→フェズ
  通貨は、ディラハム 現地で円から両替  100円→8.5ディラハム
モロッコ3・420日 フェズ→イフラン→ミデルト→ズイズ渓谷→エルフード
  オレンジが美味しい。ジュースもオレンジ100%。 タジン鍋がおいしい。ベジタリアンの私の為に野菜中心のタジン鍋を特別に作って頂いた。ありがとうございます。21日 エルフード→トドラ渓谷→ワルザザード
  垂直に切り立つ岩壁が200~300mも続き圧巻
モロッコ5・622日 ワルザザード→アイト・ベン・ハッドゥ→マラケシュ
  アイト・ベン・ハッドゥは日干し煉瓦でできた要塞の村 川をロバで渡っていく
23日 マラケシュ
  街路樹は、たわわに実ったオレンジ(街路樹のオレンジは苦くて食べられない) オリーブの花がキレイ
モロッコ7・824日 マラケシュ→カサブランカ→パリ   
 モロッコは治安が良く安全で綺麗な国
25日 パリ→成田空港
モロッコろば
イスラム王朝の古都フェズの迷路のような町、一人で入り込んだら一生出てこられそうもない。狭い道、ロバが荷物を運ぶ町
アフリカ大陸3分の1を占めるサハラ砂漠をラクダで
アフリカ大陸1/3を占めるサハラ砂漠をラクダで。。。。私は、エジプトとシルクロードでラクダに乗った事があるので、今回は砂漠を歩く。さらさらとした砂に足を取られ歩きずらい。ラクダの後ろを歩くのは、地が固まり歩きやすいが、フンが大分気になる。砂漠に昇る朝日を見るため、暗いうちに砂漠に行く。暗黒。真っ暗な空に満点の☆地平線まで☆☆見渡す限りの砂漠で、どちらに帰るのか?ラクダはちゃんと家に帰ってくると言う。

<span style=カスバ街道のトドラ渓谷
<span style=マラケシュ夜の賑わうジャマ・エル・フナ広場

クロアチア・スロベニア・ボスニア・モンテネグロの旅

2009年11月27日~12月5日
クロアチアのプリトヴィツェ湖畔を見たいと常々思っていたのが実現しました。
いつも海外旅行は一人参加が多く、一人部屋追加料金が安い時でないと行けないので、時期が遅く心配しましたが、黄葉が美しく良かったです。
その上、観光シーズンが終わったので、国境越えの手続きもすぐに済み(観光シーズンは3時間待ちだそうです)どこも私達ツアーだけで、ゆっくり観光できました

クロアチア1・2
ブレッド湖スロベニア・ブレッド湖‥ボートで聖マリア教会のある島に渡ります。早朝でもやが立ち込め幻想的な風景にうっとり
クロアチア3・4
クロアチア・ザダール市内クロアチア・ザダール‥聖ドナト教会に登り、風が強く階段を登るのが怖かったが、上から市内を見下ろす
クロアチア5・6
クロアチア・プリトヴィツェ湖畔クロアチア・プリトヴィツェ湖畔国立公園‥ボートで渡り、徒歩で1時間半程、大小の湖や滝をゆっくり散策。歩いているのは私達だけでよかった。シーズン中は、人、人、人で散策どころではないそうです
クロアチア7・8

カンボジア 以前訪れた国を紹介します

世界遺産アンコール遺跡
 雨季で蒸し暑い毎日でしたが、毎日昼食後ホテルに戻り、シャワーを浴び休憩して、午後再度観光に行くので気分良く観光できました。夜に雨が降るので、観光中に降られることはなかったです

2009年5月19日~23日

成田空港(気温25度)→ソウル乗り継ぎ(気温16度)→シェリムアップ(気温30度)→ソウル乗り継ぎ→成田空港
東メボンブリア・コー‥アンコール遺跡群の中で最も古い時代のヒンドゥ-教寺院
プレリーフ遺跡アンコール・ワット‥四方を壕と城壁に囲まれている。壕は母なる大海を、城壁は聖なるヒマラヤの山々を、そして中央の寺院はヒンドゥー教で世界の中心とされた須弥山を表している。
タプロムタ・プロム‥巨大な樹木が建物を覆い被さるように太い根を張っている。
アンコールワットアンコールトム、バイヨンへの入り口の南大門
バイヨン東メボン
アンコール遺跡群の周りは、5階以上の建物を禁止している。
主産業は、農業・観光。貧しい人々が多く、心痛む



南アフリカ 以前訪れた国を紹介します

中学生の時、地図帳で喜望峰の名を見て、名前に憧れ、『絶対に行く』と決心しました。   2007年10月20日~27日
成田空港(4時間25分)→香港(13時間10分)→ヨハネスブルク→プレトリア→ビクトリア・フォールズ→チョベ公園→ビクトリア・フォールズ→ヨハネスブルク→ケープタウン→ヨハネスブルク→香港→成田
ジャカランタジャカランタの花がちょうど満開で、プレトリアの町が紫色一色で美しい時期でした
ビクトリアビクトリアの滝‥乾季で水量が少ない。多い時は、水しぶきで全体が見えない
アフリカ象チョベ国立公園‥象・ライオン・カバ・ワニ・キリン等々すぐ近くで見られるカバ

喜望峰とうとう来ました喜望峰‥嵐の岬と言われるように強風、南大西洋とインド洋の海流がぶつかる
ライオン島ライオンズヘッド‥2つの丘がライオンが横たわっているように見える。海上に浮かぶのは、ネルソン・マンデラン氏が投獄されていた監獄の島
南アフリカの平均寿命50歳、ジンバブエ36歳、ボツナワ40歳。恵まれた日本に感謝 
 


冬のアラスカ  以前訪れた国を紹介します

2007年1月18日~23日
成田空港→シアトル→フェアバンクス→チュナ→フェアバンクス→タルキートナ→アンカレジ→シアトル→成田
小学生の時に図鑑でオーロラを見て、実際に見るのが夢でした
乗り換えシアトルで乗り換え雪景色雪のアラスカオーロラ
オーロラ フェアバンクスでは、初めて見るオーロラに感動(短時間で小さかった)チェナでは、空一面のオーロラ。あまりに感動すると言葉が出ず、皆一同に『オー!!』
チェナは温泉地。日本と違い水着を着て入り、男女一緒。私は夜、入ったので良く見えなかったのですが、外にあり、私の身長より深いので、周りの木につかまっていました。湯気がモウモウとして、全く見えず。寒いので、髪がぬれると、あっというまにツララ状態
そり昼間は、犬ゾリに乗る。凄いスピード、寒さと怖さ!
鉄道フェアバンクスよりアラスカ鉄道に乗りマッキンリーの登山基地タルキートナへ
ホテル昼食。このロッジNO.5の部屋に植村直己さんが宿泊していたそうです。




ポーランド 以前訪れた国を紹介します

今年はショパン生誕200年の年です。
ショパンの音楽が好きでポーランド一周の旅に行きました。

2006年10月18日~29日
成田空港→ヘルシンキ→ワルシャワ→グダニスク→トルーニ→チェストホーバ→クラコフ→ザコパネ→クラコフ→ジェゾバ・ボーラ→ワルシャワ→ヘルシンキ→成田空港
ワルシャワワルシャワ‥ポーランドの首都。第二次世界大戦ではドイツ占領下に置かれ、ユダヤ系住民はゲットーに隔離、虐殺されました。町はドイツ軍の破壊により、町の90%が瓦礫となりましたが、戦後、市民の熱意により、戦前の美しいワルシャワを「壁のしみ1つ、傷1つ残らず」忠実に再現し15年で復興をとげました。
公園ワルシャワ・ワジェンキ公園‥175万平方メートルの広大で緑豊かな公園。ネコ柳の下で物思いにふけるショパン
ショパン生家ショパンの生家‥ジェラゾバ・ボーラという静かな村にある。生家は博物館になり、周りは広大な庭園。20歳で単身ウィーン~パリに移り39歳で亡くなるが、こよなく愛したポーランドに戻って来る事は出来ませんでした。ショパンの心臓はワルシャワの聖十字架教会に眠っています。
アウシャビッツアウシュビッツ‥映画「戦場のピアニスト」「シンドラーのリスト」を見て真実を直視しないといけないのですが、行きたくない所でした。周囲を囲む4Mの有刺鉄線には電流が流れていたのです。人の髪だけ、歯ブラシだけ、トランクだけ等々の部屋。ガス室、焼却室、収容棟、絞首台等々の部屋。ドイツでは真実を教育し、今はドイツの学生や生徒がここにボランティアで掃除に来ていました。でも、今でもこの場所は夢に出て来て眠れぬ夜もあります。
雑貨町の雑貨店
コペルニクス、キューリー夫人もポーランド出身なのです。今は博物館になっています。

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