世界遺産アンコール遺跡
 雨季で蒸し暑い毎日でしたが、毎日昼食後ホテルに戻り、シャワーを浴び休憩して、午後再度観光に行くので気分良く観光できました。夜に雨が降るので、観光中に降られることはなかったです

2009年5月19日~23日

成田空港(気温25度)→ソウル乗り継ぎ(気温16度)→シェリムアップ(気温30度)→ソウル乗り継ぎ→成田空港
東メボンブリア・コー‥アンコール遺跡群の中で最も古い時代のヒンドゥ-教寺院
プレリーフ遺跡アンコール・ワット‥四方を壕と城壁に囲まれている。壕は母なる大海を、城壁は聖なるヒマラヤの山々を、そして中央の寺院はヒンドゥー教で世界の中心とされた須弥山を表している。
タプロムタ・プロム‥巨大な樹木が建物を覆い被さるように太い根を張っている。
アンコールワットアンコールトム、バイヨンへの入り口の南大門
バイヨン東メボン
アンコール遺跡群の周りは、5階以上の建物を禁止している。
主産業は、農業・観光。貧しい人々が多く、心痛む



2010.04.30 Fri l 海外旅行 l コメント (1) トラックバック (0) l top
2008年7月1日~4日
成田空港→大連→旅順→大連→瀋陽→大連→成田
ツアーの中には、子供の頃満州から引き上げてきて、以前住んでいた所を見たい、と言う方が数名いらっしゃった
旅行中、雲の垂れ込めた日が多く、戦争の事を思うと重苦しい旅行となりました
忠魂碑忠魂碑‥二百三高地、日露戦争の激戦地旅順。雨の中203Mの丘を登りながら、戦争の悲惨さに胸痛む
旧満鉄旧満鉄 大連駅大連駅‥大連は車が多く自転車はない
大連マンション群海沿いの高級マンション‥8階まではエレベーターがない
ロシア人街ロシア人街‥日本人街も一部残っていて、ツアー参加者で子供の頃住んでいた家が今もあったと感慨深げでした。現在は中国人が何世帯か住んでいる様子でした



2010.04.29 Thu l 中国旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
千葉県の六然泉会の方々の『中国世界遺産心の旅』にご一緒させて頂きました。
勉強会ですので、出発前に「旅のテーマや想い」の発表準備、旅行地の予備知識等もいつもより勉強しての出発となりました。
実は、10月20日~27日まで南アフリカに行き、その興奮を持ったままでの出発となりました

2007年11月23日~27日
成田空港→広州→昆明→麗江→昆明→石林→昆明→広州→成田
玉泉公園玉泉公園‥昆明からここ麗江に行く国内線の飛行機が来ず、最初理由も分からず空港内で待つばかり。重慶から来る飛行機が悪天候で遅れ3時間40分待つ。着いてみれば青空の下、黄葉が綺麗で400平方Mの広々した公園で、遅れたことも全てOK
トンパ文字麗江は、少数民族ナシ族が住み、象形文字のひとつトンパ文字を使っていました。トンパ文字の継承者に会う

麗江麗江古城のいらかの波‥13世紀後半に都城として建設されましたが1996年の大震災で多くが倒壊されました。再建され石畳の小路に1、2階建ての木造瓦葺きの屋根に統一され、夜は家々に統一された明かりが灯り、とても幻想的
玉龍雪山玉龍雪山‥早朝に出発したので快晴。ゴンドラで4506Mに、酸素ボンベが必要の人も。下山した昼近くからは雲が立ち込めてくる
石林石林‥石林風景区は50以上の見所が点在しているので、全てみるのには1週間かかかるそうです
冊子表紙冊子中企画、写真、スケッチ、進行等の係りが決まっていて、私は記録係りで毎日のタイムスケジュールを記録。記録誌作成係りの方々がこんな立派な冊子にしてくださいました。ありがとうございました





2010.04.28 Wed l 中国旅行 l コメント (1) トラックバック (0) l top
中学生の時、地図帳で喜望峰の名を見て、名前に憧れ、『絶対に行く』と決心しました。   2007年10月20日~27日
成田空港(4時間25分)→香港(13時間10分)→ヨハネスブルク→プレトリア→ビクトリア・フォールズ→チョベ公園→ビクトリア・フォールズ→ヨハネスブルク→ケープタウン→ヨハネスブルク→香港→成田
ジャカランタジャカランタの花がちょうど満開で、プレトリアの町が紫色一色で美しい時期でした
ビクトリアビクトリアの滝‥乾季で水量が少ない。多い時は、水しぶきで全体が見えない
アフリカ象チョベ国立公園‥象・ライオン・カバ・ワニ・キリン等々すぐ近くで見られるカバ

喜望峰とうとう来ました喜望峰‥嵐の岬と言われるように強風、南大西洋とインド洋の海流がぶつかる
ライオン島ライオンズヘッド‥2つの丘がライオンが横たわっているように見える。海上に浮かぶのは、ネルソン・マンデラン氏が投獄されていた監獄の島
南アフリカの平均寿命50歳、ジンバブエ36歳、ボツナワ40歳。恵まれた日本に感謝 
 


2010.04.27 Tue l 海外旅行 l コメント (1) トラックバック (0) l top
プリンスエドワード島、アラスカでの旅で知り合った友と同じツアーに参加
標高も高いが中国人にとって旅行代金も高いので、ここに観光に来る中国人は富裕層の人なのだそうです

2007年6月26日~7月2日
成田空港→広州→成都(空路)→九寨溝→黄龍→九寨溝→松藩→成都→眉山→楽山→成都→広州→成田
黄龍黄龍‥標高3、100Mからロープウェでいっきに3、500Mに上がるので辛い。池の底まで、はっきり透き通った青。このような数々の彩池を見ながら歩いて下るが、あまりの見事さに時間が掛かり過ぎ、最後は駆け足で下る。標高があるので益々辛くなる
九サイ溝九寨溝‥中国人にも人気の場所。標高1、990M~3、100Mに数々の湖、沼あり九寨溝専用のバスとガイドに案内されて周る。透明度が高く、それぞれ湖により色が違う
瀑布珍珠灘瀑布‥九寨溝の中にあり、幅約200M最大落差40Mで雄大な上に、雨の中での散策となったので嵐のような音を立てて落ち凄い迫力

三国志武候祠‥三国志の諸葛孔明と劉備を祀っている
楽山大仏楽山‥世界一の石仏で始め船の上から全容を見て、下船後歩いて行く。頭だけでも14M、見物者が小さく見える



2010.04.26 Mon l 中国旅行 l コメント (2) トラックバック (0) l top
2007年2月26日~3月2日
 六本木ヒルズで中国料理店をしている友人が春節で北京に帰国したので、遊びに行きました。
 友人の曽祖父は、西太后の高級官僚で宮内府大臣でした。私が友人に日本語を教え、友人が私に中国語を教えてくれる事になっているのですが、友人に中国の歴史・文化・風習等を教えてもらう事のほうが多いです

レイカサイこの看板の書は、愛新覚羅フギ氏のご実弟フケツ氏がお書きになったもの 西太后の日常の食事を管理していたのが友人の曽祖父で、その料理を出しています。北京のお店は、胡同の中にあり、タクシーで行きましたが、タクシーは入れず途中で降ろされたら、一見民家風で探すのが大変でした
ホテル宿泊したホテル‥初日はホテルの朝食を食べましたが、翌日からは歩いて20分程の市場に行き、北京の人が買っていくのと同じものを買い部屋で食事をしました

ハナタバ友人のお父様の誕生日が近いと知り、やっと探し当てた花屋で花束を作ってもらい訪ねことに、日本で一般にみる花束とは違いますね
料理お父様の誕生祝いはホテルで盛大に行われるのですが、それは私が帰国後ですので、一般に誕生日に食べる食事をご馳走してくれました。麺は長生きを意味し、それぞれに意味がある食物
桃壽桃は、長壽に繋がり、おめでたい食べ物
日中は一人でタクシーに乗って出かけたり、歩いてフラフラしたり。北京オリンピックに向け、いたる所が工事中でした
2010.04.25 Sun l 中国旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2007年1月18日~23日
成田空港→シアトル→フェアバンクス→チュナ→フェアバンクス→タルキートナ→アンカレジ→シアトル→成田
小学生の時に図鑑でオーロラを見て、実際に見るのが夢でした
乗り換えシアトルで乗り換え雪景色雪のアラスカオーロラ
オーロラ フェアバンクスでは、初めて見るオーロラに感動(短時間で小さかった)チェナでは、空一面のオーロラ。あまりに感動すると言葉が出ず、皆一同に『オー!!』
チェナは温泉地。日本と違い水着を着て入り、男女一緒。私は夜、入ったので良く見えなかったのですが、外にあり、私の身長より深いので、周りの木につかまっていました。湯気がモウモウとして、全く見えず。寒いので、髪がぬれると、あっというまにツララ状態
そり昼間は、犬ゾリに乗る。凄いスピード、寒さと怖さ!
鉄道フェアバンクスよりアラスカ鉄道に乗りマッキンリーの登山基地タルキートナへ
ホテル昼食。このロッジNO.5の部屋に植村直己さんが宿泊していたそうです。




2010.04.24 Sat l 海外旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2006年11月10日~13日   私の中国語の家庭教師だった北京出身の友達の結婚式に参列
友は現在日本人のご主人とお子さんとアメリカ、ユタ州で暮らしています。
日本から結婚式に参列した人は、皆盛装していたが、中国の人たちは普段着で時間に関係なく来たり帰ったり。結婚式翌日は観光する
天段公園天壇公園 祈念殿  明時代の永楽帝が五穀豊穣を天に祈るために1420年に建設された
少林寺夜、少林寺拳法を見に行く‥物語になっていて、少年達が見事な技とスピードで演じる
北京川空港からホテルに行く時に乗ったタクシーは、78元だったが、帰る日にホテルの前に止まっているタクシーで空港まで行ったら、150元。乗る前に料金を確認すべきと反省

2010.04.23 Fri l 中国旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
山水画風景、桂林を見たいと思いました
  2006年7月4日~7日

成田空港→広州→桂林→陽朔→桂林→広州→成田
りこう下り リ江下り‥桂林を8:30に出発し、陽朔を14:30に下船する83KMののんびりとした遊覧船の旅
桂林ラクダの形をした駱駝山
桂林風景寄石が林立する風景を見ながら、船内で昼食を準備してくれる。村民の船が近づき、物を売りに来たりする
少数民族陽朔にて下船して、散策  少数民族の少女が衣装を作って販売
七星公園パンタ゜七星公園‥40平方KMの桂林最大の公園。パンダチャンが部屋から出てくる
2010.04.23 Fri l 中国旅行 l コメント (1) トラックバック (0) l top
今年はショパン生誕200年の年です。
ショパンの音楽が好きでポーランド一周の旅に行きました。

2006年10月18日~29日
成田空港→ヘルシンキ→ワルシャワ→グダニスク→トルーニ→チェストホーバ→クラコフ→ザコパネ→クラコフ→ジェゾバ・ボーラ→ワルシャワ→ヘルシンキ→成田空港
ワルシャワワルシャワ‥ポーランドの首都。第二次世界大戦ではドイツ占領下に置かれ、ユダヤ系住民はゲットーに隔離、虐殺されました。町はドイツ軍の破壊により、町の90%が瓦礫となりましたが、戦後、市民の熱意により、戦前の美しいワルシャワを「壁のしみ1つ、傷1つ残らず」忠実に再現し15年で復興をとげました。
公園ワルシャワ・ワジェンキ公園‥175万平方メートルの広大で緑豊かな公園。ネコ柳の下で物思いにふけるショパン
ショパン生家ショパンの生家‥ジェラゾバ・ボーラという静かな村にある。生家は博物館になり、周りは広大な庭園。20歳で単身ウィーン~パリに移り39歳で亡くなるが、こよなく愛したポーランドに戻って来る事は出来ませんでした。ショパンの心臓はワルシャワの聖十字架教会に眠っています。
アウシャビッツアウシュビッツ‥映画「戦場のピアニスト」「シンドラーのリスト」を見て真実を直視しないといけないのですが、行きたくない所でした。周囲を囲む4Mの有刺鉄線には電流が流れていたのです。人の髪だけ、歯ブラシだけ、トランクだけ等々の部屋。ガス室、焼却室、収容棟、絞首台等々の部屋。ドイツでは真実を教育し、今はドイツの学生や生徒がここにボランティアで掃除に来ていました。でも、今でもこの場所は夢に出て来て眠れぬ夜もあります。
雑貨町の雑貨店
コペルニクス、キューリー夫人もポーランド出身なのです。今は博物館になっています。

2010.04.23 Fri l 海外旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2006年4月13日~19日
成田空港→北京→西安→ウルムチ→トルファン→ウルムチ→敦煌→北京→成田
西安泰始皇兵馬ヨウ博物館
当時国王に仕えていた家臣や兵は国王が死ぬと後を追って殉死する事が多かったが、巨大な国家になった秦の兵士達が殉死すると国力が落ちるので、兵にそっくりな人形を作らせた。一人ひとり違い、すごい数に圧倒される

砂漠敦煌市の南には、広大な砂漠が広がっている。細かい砂が風に吹かれサラサラと流れ落ち、山が鳴いているように聞こえるので鳴沙山と名づけられた。ラクダに乗り月牙泉まで行く
模写博物館で模写‥日本では写真撮影は勿論、書いたりすることも禁止されている博物館等が多いので驚く
バッコウクツ莫高窟‥1000にものぼる莫大な数の石窟があるそうで、そのうちの12窟程を見学、さかんに修復が行われている

ウルムチウルムチ果物ウルムチのバザールの民族衣装店と果物店  とてもカラフル


2010.04.22 Thu l 中国旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
プリンスエドワード島  2005年5月26日~31日
成田空港→トロント→ハリハックス→プリンスエドワード島→シャーロットタウン→ハリハックス→トロント→成田空港
 中学生の時より「赤毛のアン」が愛読書で「アンの青春」から「エミリーの求めるもの」まで繰り返し読みました。絶対に行ってみたいと思っていたのが、実現しました
プリンス景色    "グリーンゲイブルス"
グリーンゲイブルス

アンの部屋アンの部屋
のリアの部屋証明書
いつもツアーに一人参加しています。今回は新婚カップル一組の他は、全員女性の参加。参加女性は皆、少女のアンちゃんになり、「恋人の小径」「お化けの森」を歩き、いちご水を楽しみました。


2010.04.21 Wed l 海外旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2005年1月13日~21日  
成田空港(9時間30分)→ロサンゼルス(8時間20分)→リマ→クスコ(標高約3360M)→マチュピチュ(標高約2460M)→プーノ(標高約3890M)→チチカカ湖(標高約3812M)→リマ→イカ→ナスカの地上絵→リマ(7時間35分)→ニューヨーク(13時間55分)→成田
リマクスコ(標高約3360M)飛行機でいっきに標高が高くなるので辛い
アルパカ
まちぴち

マチュピチュの方が標高が下がるので少し楽になる湖季節は雨季なので緑がきれい。スコールのようにザーと降るがすぐにカラッとするので、観光中は降られず。なすかさるコンドルナスカの地上絵、宇宙人とハチドリウロス島ウロス島。トトラという植物で作られた島。ふわふわとした地面(?)で湖に浮かんでいる。学校と先生と生徒チチカカ湖標高高い
世界一標高の高い駅(4319M)
ウマヨ湖
じゃがいも土(?)をつけて頂くジャガイモ、美味しい。歩いていたら民家があり、そこで頂く。
今回標高が一番高かったのがラ・ラヤ(4335M)、国内線がストになり急遽バスでの移動になったりと、体力のいる旅でした。行って良かった!!二度と行けないでしょう。






2010.04.20 Tue l 海外旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
子供の頃、図鑑でピラミットを見て、『絶対に自分で見る』と思いました
2004年10月18日~27日
成田(2時間25分)→ソウル(12時間45分)→ギザ→カイロ→アレキサンドリア→カイロ→ルクソール→エドフ→コロオンボ→アスワン→カイロ→メンフィス→サッカラ→ダハシュール→カイロ→ソウル→成田
ギザピラミッドギザのピラミット‥ 古王国第四王朝時代に君臨したクフ王・カフラー王・メンカウラー王のピラミッド
スフィンクススフィンクス  歴史との出会い  
ラムセスメンフィスラムセス2世像 全てが巨大
ナイル殺人事件オールドカタラクト  アガサクリスティが宿泊したホテル「ナイル殺人事件」の舞台となった
ナイル川ナイル川の夕日 暑い日中から気持ちよい夜へ
アブシンベル神殿アブ・シンベル大神殿‥ハイダム建設で湖底に沈む事がわかり、ユネスコが中心になって各国から資金を集め、もとの場所より60m高い場所へと移転させた現代技術にも脱帽  

「ラマダーン」(イスラム教徒の義務の一つ断食として、飲食を絶つことが行われる)の時期にあたり、現地のガイドさんは日の出から日没までの間は、水分も含めて一切の食事はとらず、炎天下に観光する間も水分はとらず。私達は、申し訳ないと思いつつ、とらないと脱水症状になるので頻繁に水分補給。昼食もお弁当を作ってもらい、日没後に食事をしていた 



2010.04.19 Mon l 海外旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2004年6月5日~7日  仕事の関係で上海に
幼稚園宿泊したホテルの下に立派な幼稚園が見える
ホテルから大通りを渡って数分で会社に着くのだが、大通りが片側4車線で8車線を横断するのだが、信号をどの車も無視し、道路をなかなか渡ることができない

鳥売りメイン通りから一歩中に入ると、昔ながらの庶民の暮らしに触れられる
2010.04.18 Sun l 中国旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2004年1月10日~12日  
成田空港→上海→杭州→蘇州→上海→成田

上海壁が上海杭州 霊隠寺
ワイタン上海、外灘‥日没とともに各建物がライトアップされて美しい
北京と上海は、言葉も違うし、建物、雰囲気も違い、人柄も違うように感じる。車の運転は、クラクションが鳴りっぱなし。勇気のない人がブレーキをかけるのだと。
2010.04.18 Sun l 中国旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
広い中国。数回行きました中国旅行について書いていきます
2003年11月1日~4日
宇宙からも見えたと言う万里の長城を見たいと思っていました

万里の長上八達嶺長城‥明時代に改修された。長城の坂はきつく、風が強く寒かった 
  
万里長城の途中で自作の書や水墨画を売っている人がいる
天安門天安門‥広大さに圧倒される
故宮故宮博物院‥かつての紫禁城 見所満載で歩き疲れる
京劇京劇‥お茶と菓子を食べながら観劇。日本語のイヤホンガイドを借りると内容が良く分かる




2010.04.17 Sat l 中国旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
テレビで、カッパドギアの映像を見て、実際に見たいと思いました
2001年7月13日~23日

成田空港→シンガポール→ドバイ→イスタンブール→チャナッカレ→ベルガマ→イズミール→パムッカレ→カッパドキア→イスタンブール→ドバイ→シンガポール→成田
ブルーモスクブルーモスク
イスラム教‥①一日五回の礼拝 ②アラーの神の名を何か始める前に唱える ③一生に一回巡礼に行く ④断食 ⑤貧しい人に施す
トロイの木馬トロイの木馬‥窓(?左から4つ目)から顔を出しているのが私。大きさが分かると思います。
トルコの習慣は日本と似ていて、靴を脱ぐ・床に布団を敷く・座って食事をする。
カッパドギアカッパドキア‥とうとう来ました。広大な面積にこのように岩が乱立。地球上にこんな場所があるのかと不思議
トロイエフェソス遺跡 ケルスス図書館 
キヨスクはトルコ語で『離れ』と言う意味
ベリーダンスエキゾチックなベリーダンス

 トルコでは、ガイドさんは高給取り。(海外では ガイドさんの地位は高い国が多い)毎日約43度あり、又遺跡は炎天下なので、ボーとしてガイドさんの説明を聞いていないと怒られました。
 自然発火の山火事がいたる所で発生し、ヘリコプターで消火活動をしていました




2010.04.16 Fri l 海外旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top
ガンダーラ仏教美術を訪ねて
 パキスタンに関する書物がなく、不安な中での出発となりました。10年前で現在とは、状況が変わってきています。

2000年12月29日~2001年1月5日
成田空港→北京(機内待機)→イスラマバード→ペシャワール→カイバル峠→ペシャワール→イスラマバード→北京(機内待機)→成田
パキスタン富士機内にて富士山撮影
パキスタンケーキ食品店‥ケーキの色彩が鮮やか  パキスタンはイスラム教で禁酒の国。新年に乾杯用のワインを持ってきた人は、パキスタン空港で預けとなり、帰国時に受け取る。日本酒はアルコールと分からず無事
アフガニスタン国境アフガニスタン国境‥カイバル峠を行く時は、私達のバスに警官2名が乗車し、ライフルを構えた軍隊の車が先導してくれ、車外の撮影禁止
ガン゛だーら仏パキスタン遺跡
ガンダーラ仏‥発掘の前に盗掘され、荒らされている

パキスタン町外にいるのは男性のみ。女性は家の中にいるか、外出する時はブルカという頭からすっぽりかぶる服を着て、ご主人と共に外出




2010.04.15 Thu l 海外旅行 l コメント (0) トラックバック (0) l top